【サイエンス?】『風の谷のナウシカ』が予言の書だとしたら?

こんばんは、妙子です。

新型コロナの流行から、もう1年経つのですね。
私は元々ライフスタイルが、
アフターコロナみたいだったので^^;
マスク、手洗い、消毒ぐらいが変わった点でしょうか?

新型コロナが世界中に広がって
皆がマスクをしている姿は
まるで『風の谷のナウシカ』の世界のようだ…
と、あちらこちらで語られていましたが
確かにそうだな、そういう面もあるな、と。

ただ、多くの人が知っているナウシカは劇場アニメ版で、
火の七日間後、瘴気で汚染された空気を吸うと死んでしまう世界で、
皆がマスクをして暮らしていて
その世界を巨神兵を使って破壊しようとする人たちとそれを止めようとする人たちとの戦い…そういうイメージでしょうか。

でも風の谷のナウシカは、映画化されたのは原作漫画の最初の部分で
映画化されたあとも、何年も連載が続いていました。

原作を読んだのははるか昔のことで
ちゃんと内容を覚えていなかったので
ちょっとネットで調べてたりしながら
思い出したりしているのですが
もし、『風の谷のナウシカ』が人類の未来を予言しているならば(宮崎駿さんは否定されると思いますが^^;)
恐ろしいのは物語の後半ではないかと思います。

腐海や蟲達に怯えて生きているナウシカたちですが
実は火の七日間で世界を焼き尽くした巨神兵腐海や蟲達は世界の浄化のために作られたもので
また、ナウシカ達もその世界に適合するように作られた人々で
でもそれらは浄化が終わった未来の世界では生きていけなく、世界が浄化された時には滅びてしまうのです。

今、私達はまだちゃんと治験が済んでる感のない
長期的な影響が検証されていない
未知の技術のワクチンを打つことが
半ば義務のようになりつつありますが
(テクノロジーを信じて、希望を持って打っていらっしゃる方もいますが)
…もしかして改造されちゃうの?
って感じることもあったりして^^;

この世界を生き抜くための変化を
知らず知らずにしている、させられている感じ…
そういうところが
ナウシカの世界っぽいなぁと思ったり。

それ以外にも、『風の谷のナウシカ』で描かれた世界は
色々とヒントになるようなことが表現されていたように思いますので
改めて読み直してみたいと思います。

…サイエンスのネタではなかったですね^^;

【あいだ?】あなたのものはわたしのもの、わたしのものはわたしのもの

こんばんは、妙子です。

以前、カリスマさんがフラットな関係を構築するのは大変そうっていう話にちょっと関係のある話。

以前、「あなた達と一緒にやりたい」と言われたので、その方と他の仲間と一緒に取り組んでいたことがあります。

「一緒にやりたい」と言われたので、時間も知恵も能力、労力も、私が出せるものは全て差し出してかたちにしました。私にとって「一緒にやる」ということはそういうことだからです。お手伝いじゃないのですから。他のメンバーも同じで、それぞれの持っている才能をフルに発揮したと思います。
とはいえ、発起人はその方なので、その方の想いや理想がかたちになるように最大限の力を出し、その方を立て、最大限に配慮しました。

…で、その後どうなったかというと
そのプロジェクトは成功し、成果を上げました。お金も絡んでいたのですが、売り上げもそこそこあったと思いますが、何の報告もなく、我々には経費として交通費の実費が支払われました。
そしてその成功を手に、プロジェクトは後もその方が単独で続けています(笑)

一緒に作りあげたものかと思っていましたが、その方にとっての「一緒にやる」は「僕のために動いて」という意味だったのですね。

携わることができて光栄でした!(`ω´)

#人間関係

【毒?】米大統領選挙について思うこと(2)

こんばんは、妙子です。

もうすぐアメリカの大統領が交代しますが、その直前の大騒ぎ…
テレビのコメンテーターさん達はとても控えめに、
トランプさん自身は抗議デモを嗾けたけど、
こんなことになるとは思ってなかったのではないか?と言ってますが
…そうかな〜^^; と。

どういうバイアスがかかったら、自分が勝者だと信じられるのかわからないですが
彼の言うところの「真実」が明らかになって、「正義」が勝つ、そしてその正義のために尊い犠牲が払われた、脳内はそんなシナリオだったんじゃないかと思います。映画ならありそうな展開ですものね。本当の正義ならば。

大統領じゃなくなったら、人生詰みだから最後の最後までしがみつくだろうなぁと思いましたが、想像の上を行く退場劇でした。あと2週間でもヤバいから罷免しろって言われてるし。

そんなトランプさんですが、スピリチュアル界隈では支持者多いんですよね。不正が明らかになって大統領になるって思ってた人も。びっくりなんですけど。

トランプは戦争をしなかったとか、それまでの(人々の知らないところで行われていた)悪事を明るみにしたとか。占星術とか占い的にみると、すごい星の元に生まれてるとか。

確かにそういう面ってあるんでしょうけど、ビジネスマンとして成功してたかといえば、よくよく聞いてみたら微妙な感じだし、そのビジネスでも倫理に反するようなこともしていますし。
歴代の大統領や色々な国の指導者が清廉潔白で人格者だとは思いませんけど、トランプさんって際立ってひどいというかおかしいと思うし、こんな人を大統領にしておいたらいけないと考えると思うんですけど。
スピの人が嫌いそうな、人種差別主義者だしLGBTも支持してないし、男尊女卑だし。
スピ系って「良し悪し」はないって考え方をしますけど、良し悪しのジャッジを脇においても
普通に嫌な人じゃないです?こういう人って。
でも、スピ界隈の人たちって、なんかいい人扱いする人けっこういるんですよ。不思議で仕方ないんですけど。
(とはいえ、対するバイデンさんがいいとかそういうのはないですけどね。あちらはあちらで色々と問題ありそうだし^^;)

そして今、こんな事態になってどう思ってるか、言い訳…いや、言い分を聞いてみたいですね。
きっとトランプさん同様、知らんぷりでしょうけど。

【毒?】特別じゃないと愛されない?(2)

こんばんは、妙子です。

前回は「完璧でないと愛されない?」についてでしたが、今日はタイトルの「特別でないと愛されない?」についてです。完璧を求めるよりも根が深いような^^;

誰でもどこか自分が特別であると思いたいところがあるとは思います。
でも中には度が過ぎてその思いが強い人がいたりします。「私って、持ってる」とかやたら言う人とかですね。
そう思って生きること自体は、私はいいことだと思っています。自分は運がいいと思って生きているのは幸せです。
でも度が強い人は「私」の部分の押しが強すぎで、「自分は特別」と周りにマウントかけてきます(笑) しかも承認欲求ごりごりだし。
選民意識なんですかね?「私って持ってる」「俺って持ってる」の前に、何故か(人とは違って)って含みがあるというか ^^;

スピ系の人は、日々の中で虹を見たとかゾロ目見たとか、なんらかのサインをみつけることに長けていますが
他の人も一緒にいるのに、シンクロや立て続けにラッキーなことが起こると「やっぱり私、持ってるわー」って言い出したりして。
いやいや…「あなた」だけなんですか? あくまで「私」で「私たち」じゃないんだ^^;

その添えもの扱い、ちょっとイヤなんですけど…。それにしても何でそんなことを言うのか、そういうタイプの人たちを観察して気がついたことがあります。彼らは周りが思っているよりもずっと繊細であったり、他の人の視線や評価をすごく気にしているし、嫌われることを極度に恐れています。発言や態度からは想像しにくいですが。
そのため自分が特別であることが、尊敬を受け、評価され、愛される条件だと思っているようです。だから「特別な私」を演出し、場合によっては他者を自分の下に置き、特別さをアピールします。

完璧であろうとすることはなんとなく自己完結しているけど
特別であろうとすることは他人の評価を求め、巻き込んでいる分、やっかいに思います。

ほんとうに、巻き込まれないようにしないとね。

【毒?】特別じゃないと愛されない?

こんばんは、妙子です。

私は長いあいだ「完璧じゃないと愛されてない」と思っていました。
恋愛関係において、私が愛している人が、私を愛さない、私を選ばないのは、私に欠落があるからだと思ってました。

私は完璧な美人ではない、私の脚は美脚じゃない、私は女らしさに欠けている… 挙げるとキリがないですが、でも完璧になれば愛されると思っていました。
でも、そうじゃないのかも?と思えたのは、かつてお付き合いをしていた男性からの言葉でした。

その頃の私は、ダイエットの成果もあって徐々に体重を落としていましたが、ストレスで一気に痩せました。そんな姿を見て、彼はとても心配そうな顔で私を見つめていました。私はストレスはともかく、軽くなった身体に満足していましたし、そもそもダイエットのきっかけは、一年前に彼が私のお腹についてる贅肉をからかったからなんですけど…!

彼は罪悪感もあったのでしょうが、少し悲しそうな顔をして言いました。

君は完璧なのに。痩せる必要なんてないのに…。

…おい、そういうことは1年前に言えよ!

それはさておき、私はそんなことを言われるなんて全く思ってもいませんでした。
でも、自分自身が完璧じゃないと思っているのに、そんな私を完璧だと言ってくれて、私を想ってくれる人がいる。
その事実は私に大きな安心感を与えてくれましたし、温かな気持ちにしてくれました。
今でも、このことばは私の宝物です。

【あいだ?】おとうさんのキモチ?

こんばんは、妙子です。

その昔、セクハラという言葉はありませんでした。セクハラがなかったのではありませんが。
会社に行けば当然のようにお茶出しを命じられて、20代も半ばを過ぎたら「結婚しないの?」と言われ、すれ違いざまに平気でお尻を触ってくる。そんな環境でもセクハラって言葉はなかったんですものね ^^;

同じようにパワハラという言葉がなくても、パワハラはありました。
モラハラという言葉はなくても、モラハラはありました。

でも、そんな言葉のなかったころの価値観を持っている人にとって、あとから出てきた言葉と概念に
「あなたのその行動はNGですよ」
ってジャッジされることは、なかなか大変な価値観の変容を求められるんじゃないかな、と思ったりもします。同情はしませんが。全く(笑)

世のおとうさんのありがちなモラハラといえば
誰が稼いでると思ってるんだ
誰が養ってると思ってるんだ
っていうのですね。
もちろん言わないおとうさんもいらっしゃいますが。

こういうのって、父親に言われた、夫に言われたっていうことをよく聞くので
男性特有の発言なのかな?と思いがちですが、実はそうではなくて、
性別によるものではなく、置かれている立場によるもののようです。

私自身、一家の稼ぎ頭だということもあり
一生懸命働いてお金を稼いでいます。
最近はそんな感情はわいてきませんが、頑張り始めた頃は、どこかで認めてほしいという感情があったのか家族に対して尊大な態度を取っていたように思います。いや、お恥ずかしい…。

そして、私がお金を受け取る側にあるとき、お金を渡す側の人は「お金払ってるんだから言うこと聞け」とばかりに尊大な態度を取ってきます。それは男女問わずです。

なぜかお金を払っている人が、オーナーとなり主人となりルールを決める、決める権利があるという思い込みというか、そういう感じになりますね。
どうしてなのかわかんないですけど。
親御さんと同居を決めた方が、お金を払ってるのはこっちだから私の言うことを聞くように自分の親に言ったという話も聞いたことも。正直、ドン引きですが^^;
こういうところがお金の不思議なところです。

お金を払うとき、払う側が気持ちよくお金を出せない時
そこには「認めてほしい」とか「納得できない」っていう感情がくすぶっているのだと思います。
そこが解消されない限り、お金に絡むモラハラとしておもてに出続けるのかな、と。
誰が払っているとか、どっちが上とかそういうパワーゲームには本質はないのでしょう。

モラハラおとうさんの切ない胸のうちが、ちょっとわかるような気がします。同情はしませんが(笑)
でも、このモヤモヤした気持ちをうまく解消できたらいいですよね。